肉じゃがを携えて
「肉じゃが」学生時代に料理本を読んで最初の頃に覚えたレシピだ。カレーやシチューと大体材料が似ているから、献立を考えるのが面倒と言うこともあったが、よく作った。
本書の主人公小林カツ代は、その肉じゃがを武器に料理の鉄人に出て、勝った。料理の鉄人とは、かつてフジテレビで放送され、人気を博した料理番組だ。
ここにそのレシピと作り方を紹介しよう。
材料(四人分)
・牛薄切り肉 200グラム
・ジャガイモ 4個(600グラム)
・タマネギ 1個
・サラダ油 大さじ1
【A】
砂糖 大さじ1
みりん 大さじ1
醤油大さじ2と2分の1
・水 1と2分の1カップ
作り方
1.タマネギは半分に切ってから、繊維に沿って縦1センチ幅に切る。牛肉は2つ〜3つに切る。
2.ジャガイモは皮をむいたら、まるごと水につけておく。作る直前に、大きめの一口大に切る。
3.鍋にサラダ油を熱し、タマネギを強めの中火で熱々になるまで炒める。
4.真ん中を開けて肉を置き、強火で肉めがけてAの調味料を加える。
5.肉をほぐしながら味をからめる。
6.全体にコテッと味がついたら、水気を切ったジャガイモを加えてひと混ぜし、分量の水を注いで表面を平らにする。
7.蓋をして、強めの中火で十分前後煮る。途中で一度上下を返すように混ぜる。ジャガイモがやわらかくなったら火を止める。
引用:私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝 P42〜P43
主婦という肩書きにこだわるなら出ない!
「『主婦』ということで私のステイタスを上げようとしているのなら、主婦でない人にも主婦にも失礼ではないか。まして、この番組は、プロとプロの戦いだから面白いのであって、『鉄人』にも失礼じゃないですか」
(「アエラ」「現代の肖像」1996年11月18日号)
「主婦」の代表として番組に引っ張り出し、女性の視聴者を増やそうとしたテレビ局と、あくまで料理研究家という立場で、「主婦」という肩書きに違和感を感じ、一時は出演拒否も辞さなかった小林。耳の裏が真っ赤に染まるほどの激しい怒りに燃えた彼女が気分を一新させたのは、やはり食べるという行為であった。テレビ局の社員食堂にてガツガツ食べた後には、怒りもどこかへ飛んでいたようである。
ある時には一心不乱にお好み焼きを平らげて嫌なことを忘れ、時間がない時にはバニラアイスの乗った緑色のクリームソーダを飲んで忘れた。その飲み方にも彼女なりの儀式があったようで、飲み進めて自然とバニラアイスの白と緑のソーダが混じるタイミングでズズッと行くのだそうだ。
これほどまでに食にこだわった小林であったが、平成17年6月17日に、料理研究家としての歩みを止めるアクシデントに襲われる。クモ膜下出血であった。
一時は手術によって意識を取り戻したが、術後に約四割の患者が見舞われる脳血管攣縮により脳梗塞を発症する恐れがあった。術後すぐにはベッド上で回復の兆しを見せた小林も、例外ではなかった。
その後の小林や、ご子息の健太郎氏のことは、あまりにも有名な話なのでここには記さないが、小林の最晩年は、胃ろうや高栄養の点滴で生命を維持された状態であったという。誰よりも料理を作り、そして食することを愛した小林にとって、過酷な運命であったと片付けるには言葉が軽すぎるような気がしてならない。ただ、それでも大衆に愛された小林カツ代のレシピは、彼女が遺した本と共に、これからも生き続けるだろう。